ウクライナから日本へ避難された方へのインタビュー

6月に目黒区に転入したLIDIIA BIBKO(リディア ビブコ)さんが、ウクライナ・キーウから日本に入国するまでの軌跡をお話くださいました。

突然の爆発音で一変した日常
 ロシア侵攻が始まる2週間ほど前、「ロシアが侵攻して来るのでアメリカ大使館をはじめ外国の大使館関係者が避難を開始した」という情報が流れましたが、私はそんなことは起きる訳はないと思っていました。
 ところが、2月24日午前5時ごろ、突然、大きな爆発音で目が覚めました。11階に住んでいましたが、爆発音とともに地震のように家が震えました。どこに逃げていいかわからなかったので、マンションの地下に避難しようと思って行ったのですが、人が入れないように鍵がかっていたのと配管だらけで人が立入る場所ではありませんでした。そこでは危ないので避難する場所を探していると、マンションの管理棟のビルの地下に大きなシェルターがある(それまでそんな身近にシェルターがあるとは知りませんでした)と聞いたので、幸運にもそこに避難することができました。

キーウへのミサイル攻撃の日々と大けが
 私の住むキーウにもミサイル攻撃が連日のようにありましたが、なぜかロシア軍の攻撃は、夜と早朝に行われ、昼間は静かでした。防空警報が鳴るたびにシェルターに逃げ込みましたが、2月26日の夜のミサイル攻撃の際に地下に降りる階段で転倒し、右足の下腿の腓骨を完全骨折しました。転んだ時に激痛が走りましたが、自分では骨折したとは思わず、筋肉が断裂したくらいに思っていましたが、段々と痛みがひどくなりほとんど動くこともできなくなり、じっと痛みに耐えていました。避難していた人が松葉杖や歩行器をもってきてくれて、何とかトイレにも行けましたが、特に少年少女たちが食事を配ってくれたりいろいろ面倒をみてくれたので、なんとか3日間地下で生活することができました。 
 その後、骨折した箇所の痛みと腫れがひどいのと地下シェルターでの生活に疲れたので、ミサイル攻撃があってこわかったのですが、自宅に戻りました。自宅に戻ってジーンズや靴を脱ごうとしても足が腫れ上がって脱ぐことができず、ハサミで切ってようやく脱ぐことができました。

ウクライナ国外避難の道のり
 数日は一人で自宅にいましたが、娘の勧めで彼女が住むドイツに避難することを決め、まずはポーランドに出国するため、3月6日、タクシーでキーウ駅のすぐ近くに住む友人宅へ行きました。駅は避難する人であふれかえっていましたが、友人が何とか翌日の列車に乗れるようにしてくれました。列車は超満員でバックなどは一切持ち込めず、パスポートと少しのユーロだけ入れた小さなポーチだけが私の持ち物でした。でも、たまたま立っていた目の前の席が空席になり座ることができたのは幸運でした。
 列車でキーウから西ウクライナのリビウまで行き、そこからバスでポーランド国境近くのシェイニという町まで行きましたが、避難民が多くて車が通れないのでそこでバスを降ろされました。そこから棒をつきながら約8Km歩いて国境を越え、メディカというポーランドの町に入りました。そこからまたバスでプシェミシルという避難民キャンプのある町にたどり着いたのは、キーウを出発して3日後のことでした。
 3月11日、そこからドイツのミュンヘンに住んでいる娘の所に向かうため、途中で知り合った人と一緒にクリコフに向かい、そこでベルリン行きの列車に乗り、まる1日かけてベルリンに着き、また列車を乗り換え、娘の住んでいるミュンヘンに向かいました。この間、ポーランドやドイツ国内の移動で乗った列車は、避難民は無料でした。また、ポーランドでもドイツでも皆さんに親切にしてもらってとても感謝しています。

【画像】リディアさんが移動した道のり。最初に列車で移動したキーウからリビウまでは約600km。

ドイツでの手術・療養を経て、日本へ。
 ミュンヘンでは、けが人や病人向けのホテルに入れてくれました。そこで初めて医師がけがの状態を診察してくれ、骨折しているので手術しなければいけないと言われ、4月21日に手術を受けました。骨折した後もそのまま歩き続けていたので、真っ二つに折れていた骨が砕けていて、骨が足りず膝の部分から骨を移植し、金属プレートでつなげるなど大変な手術でした。
 術後は、順調に回復しているらしく、息子が日本で住んでいるので、ビザがおりしだい日本に行こうと思っていましたが、医師から5月中旬にようやく日本に向かっても大丈夫と診断され、5月28日に日本に入国しました。

日本での新生活
 入国とともに息子のアパートにいったんは入居しましたが、住んでいる部屋は3階で階段しかなく、とても狭い部屋で車いすでは生活できないので、国の避難民支援担当者に相談してビジネスホテルに移らせてもらいました。(アパートの階段を降りる際、転んで左肩を打撲しました。) 6月17日、特定活動ビザがおりたので、ボランティア通訳の人と一緒に目黒区に転入届をしました。転入届のあと目黒区国際交流協会に行って今後の支援のことで話を聞きました。入国後、一度も医者に手術の痕を見せていないので病院に行きたいと言うと、すぐに整形外科に連れて行ってくれ、受診した結果、骨もくっつき、傷跡も化膿せず順調で、後はしばらくリハビリが必要だと診断されました。 その後、7月9日にホテルから目黒区内の都営住宅に移って、現在もリハビリに通っていますが、早く自分で歩けるようになって、日本のいろんなところを見てみたいと思っています。最後に、日本政府、東京都、目黒区、MIFAのご支援に心より感謝申し上げます。 (以上、8月上旬・本人より聴き取り)

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